無傳塾はわくわく、ドキドキ、合氣の宝庫


スキー留学ならぬ合氣留学を!

1986年頃、某コピーライターが北海道で全国に誇れるものは三つしかない。
「江差追分」「大相撲」「ラーメン」だ。
これを見て小生は「大東流」があるヨ!と心の内で叫んだ。

此の度のフィンランド支部誕生は合氣之術を修行するなら堀川幸道系ということで来日し北海道・札幌まで海外からわざわざ訪ねて来られた。’07春、イギリスからも修行に来てくれました。今、修行して早や5年目になるオシン・バークはアイルランドからです。彼は熱心に稽古して奥義参段(袴着用を許される)を取得しました。

札幌は日本人が住みたい街No.1になっています。四季がはっきりして気候がとてもよい所です。1972年に冬季オリンピックが開催された都市です。冬季オリンピックの開催地で人口100万人の都市で開かれたのは世界ではないと聞きます。
ここ北海道・札幌は冬になるとスキーがとても盛んです。高校・大学で学びながらの「スキー留学」があります。もうひとつ世界に誇れるものに合気道が源流となる「大東流合氣柔術」があります。

武田惣角に30年師事を受け最も可愛がられた永世名人位、堀川幸道のおハコである合氣之術(ふっつきの術)が遺りました。この合氣之術は日本の身体文化(古流剣術、能等が代表格)として世界に誇れる偉大な遺産と言うべきもので、たやすことなく後世に継承していかなければならない使命を負っております。

武田惣角の指導法は「人を見て法を説け」の如く、力のあるものは「柔術」を、剣に強いものには「剣術」を、そして力のない非力なもの、堀川幸道には「合氣之術(ふっつきの術)」を教えたと言われております。

-敬称省略-

大東流合氣柔術は北海道の宝物

「北海道遺産」の中の「ほっかいどう ムラの宝さがしプロジェクト」で「大東流合氣柔術」が北海道遺産協議会に認定されてムラの宝物として登録されました。

大東流不滅の合氣という星があります

1995年9月、大東流不滅の合氣DaitoryuHumetsunoAikiが星として登録されています。
北海道初山別村のMy Stars systemに夢(AMBITIOUS AIKI)を託しました。
漫画「巨人の星」KYOJIN no HOSHIは星飛雄馬氏所有の星としてMy Stars systemに登録されています。
彼にあやかりたいと夢をダブらせて・・・

第14回 大東流無傳塾友好演武大会のご案内

第14回 無傳塾演武大会 ポスター

  • 日時 : 6月26日 13:00〜16:00
  • 場所 : 「北海きたえーる」柔道室 観覧歓迎(無料)
    大東流系合気会系の皆さんが参加
  • 地下鉄東豊線、豊平公園下車、地下道で直結(駐車場はありません)

去年の大会の様子はこちらをご覧ください
第13回大東流無傳塾友好演武大会

受け継がれる達人技「触れ即合氣」DVD発売中

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収録内容

  • 巡回指導編
    老若男女―少年、一般女性、一般男性の指導を通し、誰でも学べる“合氣”修得のコツを掴んでいく
    • 小指の搦め手
    • 一本捕り投げ
    • 両手掴み手首返し(座)/両手掴み合氣上げ(立)の技法
    • 天地投げ
    • 片手手首返し(座)
    • 両手掴み手首極め
    • 入身投げ
    • 横面打ち合氣投げ(半座)
    • 上段打ち一本捕り(半座)
  • 特別演武編
    高段者・最高師範の演武を通し、自然体から生まれる真の“合氣”に迫る
    • オシン・バーグ 奥義参段
    • 高橋あかり 奥義参段
    • 塾長最高師範 飯田宏雄(ふっつきの術をご覧下さい)

指導・監修:飯田宏雄(合氣護身術大東流無傳塾塾長・最高師範)
日本の近代武道史に数々の逸話を残す大東流合氣柔術中興の祖・武田惣角翁の高弟である永世名人・堀川幸道とその後継者・井上祐助に30有余年師事。01年、自身の修得した大東流と合氣を広めるために合氣護身術大東流無傳塾を創設。以降、北海道を拠点にフィンランドなど海外の門人にも指導にあたり、斯界の普及発展に尽力している。

触れ即合氣DVD表紙

合氣護身術大東流無傳塾開塾十周年記念

不滅の合氣 三十回忌 永世名人 堀川幸道先生に捧ぐ

序章 口上

「何もしない」、これが無傳塾(うち)の技・・・
「何もしない」、これが無傳塾(うち)の流儀・・・
「何もしない」、そこにこそ合氣がある、
「不滅の合氣」がある

ただ真っ直ぐに立つ、正しく座る、それが技
ただ姿勢を正して、ゆったりと息を吸う、息を吐く、それが技
立つは技 触れれば合氣 無傳塾

先師武田惣角翁曰く、
「ほうら、簡単だろう。だから見せないのさ。」

そこに一体何があるのか。何が隠されているのか。
時には「幻の武術」と呼ばれ、時には「日本武道の精華」とも
「日本古武道の究極」とも称される、この大東流とは一体如何なるものなのか。そうして、その大東流の秘奥たる合氣とは・・・

今年、平成二十二年(二〇一〇年)は、大東流合氣柔術無傳塾開塾十周年の記念すべき年。そうして、奇しくも、大東流合氣柔術中興の祖武田惣角翁生誕百五十周年、渡道百周年の記念すべき年。
大東流とは「日出づる国」の武術。日本は世界の東の果て、極東。
北海道は日本の東の果て、そうして、網走は北海道の東の果て・・・
ここ北海道こそは近代大東流発祥の地。大東流合氣の原点。
合氣の聖地・・・
不思議な縁(えにし)、見えざる因縁の糸が感じられてならぬ。

明治四十三年(一九一〇年)、武田惣角、時の秋田県警察部長財部実秀の北海道警察部長としての赴任に際し、財部に随行、北海道に渡る
大正二年(一九一三年)のある日、惣角は突如、飄然として湧別 の駅逓にやって来た。湧別へ来て稽古を付けてくれるよう、予てより懇願はしていたものの、よもや本当に訪ねて来ようとは思っていなかった堀川泰宗(堀川幸道の父)は驚き、狂喜した。
堀川泰宗と武田惣角翁との出会い。これこそが、正に大東流と北海道との宿命の出会いであった。

惣角翁が、湧別にて大東流を教授し始めた時、近代大東流はその産声を上げた。そうして、この嬰児(みどりご)は、多くの育ての親達に見守られながら、先ずは同じ北海道の地、遠軽、白滝へと歩みを記し、伝播し、大きく逞しく育って行った。

大正二年(一九一三年)、湧別にて、堀川泰宗入門。ここ北海道の地が、近代大東流の一大源流となる。
大正三年(一九一四年)、下湧別にて、堀川幸道(明治二十七年〜昭和五十五年)入門。後に永世名人となり、数多の弟子を育て上げ、合氣の正統・本流として大東流合氣柔術の伝統を今日に伝える。
大正四年(一九一五年)、遠軽にて、植芝盛平入門。後に合気道を創始し、世界各地へ広める。

その他、後に合氣の技を、日本全国、世界各国へと伝える数多くの弟子達が入門。その数、およそ三万と言われる。

永世名人堀川幸道先生は、大東流合氣柔術無傳塾塾長飯田宏雄の師匠である。武田惣角から堀川幸道、飯田へと脈々と受け継がれて来たこの合氣の技こそが、大東流合氣の正統・本流であり、文字通り「不滅の合氣」と称すべきものである。

我ら合氣の武術を修行する者にとって、湧別、遠軽、白滝と続く一筋の道は、謂わば、「合氣ロード」とも呼ばるべき尊い道であり、合氣の先人達が日夜修行に明け暮れたこれらの地域をこそ、「合氣の聖域」と言うも決して過言ではあるまい。 誓って
我ら合氣の正統を受け継がん
合氣の道に精進せん
合氣の修行に励まん

合氣の見えざる糸によって結ばれ、
「不滅の合氣」に導かれ・・・

▼ English
The Eternal Aiki of Kodo Horikawa Meijin.

“Do nothing.”

This contains the essence of the techniques of Daito Ryu Muden Juku.

“There is nothing.” This is the essential transmission of Muden Juku.

“It is nothing.” This is true Aiki.

What then, of techinique?

Technique consists of standing perfectly straight, or sitting upright, and, when one’s posture is correct, inhaling quietly, then exhaling.

Using this technique when standing, Aiki exists upon touch.

There is no source.
Nothing comes from without.

Sokaku Takeda Sensei said:
“You see, this is really simple, so, you should not show this.”

So what is “this” that is obscured?

Sometimes, it is referred to as “The Phantom of Martial Arts.”

It is both “The Flower of Japanese Budo.”

And

“The Origin of the Classical Martial Traditions.”

Whatever this is, it also lies at the heart of Daito Ryu Aikijujutsu.

The inner mystery of Daito Ryu is “Aiki”…

This year, 2010, marks the tenth anniversary of the founding of the Muden Juku.
It also is the 150th anniversary of the birth of Sokaku Takeda, the Art’s reviver, along with being 100 years since the Art’s first public dissemination.

Daito Ryu is an art from “The Land of the Rising Sun.”
Japan is seen as being positioned in the far east of the world.

The island of Hokkaido is located in the east of Japan, and the city of Abashiri is located in the far east of Hokkaido.

This city was the base of modern Daito Ryu, the source.

“A Twist of Fate.”

In 1910, Sokaku went to Hokkaido, the northernmost island of Japan. He accompanied Takarabe Sanehide , who had been appointed chief of the Hokkaido police, from Akita in Northern Japan, in the role of a bodyguard.

One day, in 1913, Sokaku arrived a the fishng village of Yubetsu.

He took a room at an inn ran by Taiso Horikawa, Kodo Horikawa’as Father.

Taiso was of Samurai lineage and was trained in Shibukawa Ryu jujutsu and recognised Sokaku’s level. He beaceme Sokaku’s student and thus, Daito Ryu began to be disseminated in Hokkaido.

Sokaku was invited to Yubetsu to teach by Taiso and Daito Ryu was born in its modern incarnation. This fragile incarnation was nurtured by many “parents” who practiced the Art as it spread to many other places in the Area such as Engaru and Shirataki.

Taiso became Sokaku’s student in 1913, in Yubetsu city.

The following year his son, Kodo joined the Ryu in Shimo Yubetsu

After this, for the rest of his life, Horikawa Meijin devoted himself learning and transmitting the true art and correct Aiki to his students who have carried his teachings on to today.

Morihei Ueshiba started to learn the Art in 1915. From this humble beginning, he developed the Art of Aikido which has spread across the world.

The art of Daito Ryu was admired by Martial Arts afficiandos throughout Japan. Up to 30,000 people practiced the Art and most are recorded in Sokaku’s recored books called “eimeiroku”

Due to Sokaku’s unceasing effort,relentless travelling, frmidable skills and indomitable will, the foundation of modern Daito Ryu was firmly laid across Hokkaido, including Hakodate, Sapporo, Iwamizawa and Asahikawa.

Along with this, Horikawa Meijin received the transmission of Sokaku’s “Eternal Aiki” over many years of practice and transmitted this principle to his own students.It is this principle that Hiroo Iida wishes to transmit to his students in Muden Juku.

This principle has been transmitted dierectly from Sokaku to Horikawa to Iida, indiluted and authentic.

We who follow the bujutsu of Aiki are followed a path clearde by our predessor’s unceasing efforts, day and night. From Yubetsu to Shirataki, Engaru and beyond so that
Hokkaido may truly be referred to as “The birthplace of Aiki”.

We resolve

To pass on the pure Aiki that we receive undiluted.
To follow its path without deviation.
To develop it without compromise.

This is the invisible thread that links each practicioner on the way of “Eternal Aiki.”

The Muden Juku flag’s meaning.

The name Daito Ryu (大東流) well suits the Art’s image as a Bujutsu (Martial Art) hailing from “The Land of the Rising Sun”.* The rising sun is represented as a red circle on the Japanese flag: the “Hinomaru”.

The circle represents the eternal Universe. The red represents the energy that flows from the sun.

*Translator’s note:
When written in Japanese characters, the word “Daito” is made up of two characters. The first: “Dai” 大 means great.
The second “Tou” 東 means “East” ie: The direction from where the sun rises.

大東流無傳塾10周年報告祭並びに奉納演武之儀

1993年5月の琴似神社「御鎮祭120年」に会津藩祖の保科正之公を神号“土津霊神”(ハニツレイシン)として御増祀されている。

大東流合氣柔術中興の祖とされる武田惣角源正義は西郷頼母より大東流合氣の秘儀を伝授された際、旧会津藩主の松平容保公の御前にて「御式内」印可授受の儀を執り行れたという。印可の証として容保公は自らの羽織紐を惣角に下賜したと伝えられている。
会津藩祖の保科正之公“土津霊神”の神前にて神事並びに大東流の演武奉納を執り行ったのはまさに武田惣角先師の故事に倣った由緒正しき大東流のセレモニーであると言える。

武田惣角翁の生誕150年渡道100年惣角翁一番弟子の愛弟子であった永世名人位堀川幸道翁の30回忌に当たります。


審査会 2010年8月11日

無傳塾の旗制定 2010年7月18日

大東流とは東の日の出ずる国の意である。日いずる国の武術大東流というイメージから白地に赤く日の丸染めて…
円相の赤は太陽のエネルギーと情熱を表し円相の円は広大無辺の宇宙を表す。
世界でたったひとつの小さくてもキラリと光る技術的にも世界最高を目指し組織でも世界一頼れる無傳塾を目指す。
窓(障子)を開けよ外は広いこれからは海外にも広く広めていきたい思いを込めてAMBITIOUS Aikiを!
日本国の国旗を強く意識してデザインしてみました。

The Muden Juku flag’s meaning.
The name Daito Ryu (大東流) well suits the Art’s image as a Bujutsu (Martial Art) hailing from “The Land of the Rising Sun”.* The rising sun is represented as a red circle on the Japanese flag: the “Hinomaru”.
The circle represents the eternal Universe. The red represents the energy that flows from the sun.
The light from the sun appears to us small, but it is the source of power for all the world. The techniques of Muden Juku appear insubstantial, but from these techniques, great ability can develop throughout practicioners across the world. We wish to open the door wide to share this practice across the world with the thought:”Ambitious Aiki!”
*Translator’s note:
When written in Japanese characters, the word “Daito” is made up of two characters. The first: “Dai” 大 means great.
The second “Tou” 東 means “East” ie: The direction from where the sun rises.

無傳塾の旗

無傳塾開塾10周年記念として無傳塾の花制定 2010年5月2日

オオバナノエンレイソウ(大花延齢草)

北海道に自生し、本格的な春の到来を告げる花として知られる。
花が咲くまでに10~15年かかる一方で、寿命は長く20~50年と言われる。
花弁と萼(がく)片で構成される六方(東・西・南・北・天・地)への広がりは、日本はもとより世界へ向けての大いなる進歩発展の姿と見ることもでき、その長寿とともに、大東流不滅の合氣に喩えることができよう。

オオバナノエンレイソウ