2017年 元旦

2017年 年賀状

後技:後から両肩を掴んだ時の技です。

触れたか触れない内に投げられます。それは無傳の合氣による崩しです。力が要らないから取の体勢は前屈しないで真っ直ぐに立っていられるのです。これが大東流の合氣、無傳の触れ即合氣になります。

大東流無傳塾の技

無傳の合氣を使うと力がいらないから非力な女性に最適です。ストレス解消にやってみませんか。

無傳の合氣ー帯取り

帯取り 無傳の合氣で投げています。90キロの大きい男を投げることが出来るのは合氣の威力です。力がいらないから非力な女性に最適です。

無傳の合氣ー首締め

首締めは無傳の合氣で崩すことができるから90キロの大きな男を投げることが出来るのです。気分爽快、ストレス解消になります。

合気を理解する上で大事なこと

小手返し
「合気」の概念には様々な解釈があるが、本当の意味で合気を理解している者は少ないのではないだろうか。

武術における攻防の基本は、相手と同調し(相手の中に入り)相手の力をとる「崩し」の技法である。柔術であれば、力によって相手の関節や重心を攻めるが、合気は、筋力ではなく、理の中にある心身において発現される力によって相手の中心そのものを攻めて、相手を自分とつなげてしまうことである。相手の体が自分の体と一体化し、相手の体が自分の体の一部となっているので、相手を簡単に処することができるのである。但し、この合気の技法が成立するための前提条件がある。それは相手が本当の攻撃をしようとする意識の発動があったとき、また本当の攻撃をしようとした身体に対し「合気の崩し」が成立するのである。私は入門当初これを理解することができなかった。自分では本気で攻撃し、本気で掴みにいったりするのだが、明確に崩されるという感覚が得られなかった。合気なんていうのはまやかしではないかと当初疑ったこともあった。しかし、1回1回の稽古を大事に、自分自身に問題があるのではと自分と向き合う日々が続き、ひたすら稽古を積み重ねてきたある時、ふっと猛烈に合気が自分の体の中に入り、自身の力はとられ、つま先立ちにされ、何もわからず真下へ叩きつけられ、そのあとも意図せず先生の体の近くへ体がふっつき、体が硬直し、エビぞりになって固められてしまったのである。この時、如何に自分が本気で攻撃しようとし、頭では理解し、実践しているつもりでも、心身がそうなっていないことに気づいていなかったのだ。

武田惣角翁は相手をおこらせることにより、一時的に自然に相手の本気を誘発させ、合気の技をかけたという。その理屈がわかる気がする。あの時の自身の感覚は今でも忘れない。今までの攻撃は手先のみ。また無意識に技の予測をしており、当てる部分・攻撃する部分のみに集中され居ついて固まっていた。しかし、合気で崩されたとき、自分の体感覚は攻撃していく時にみぞおちは楽で、正中線の感覚も消えず、体全体がまとまって、足裏まで気持ちが下りていた。また、自分の攻撃が最初から最後までひたすらひたすらという感覚で、余計な思考が介在しないで集中しており、その状態で先生の中心へ入っていく感覚で向かっていったときに合気が入ってきたのだ。

ある部分だけおさえつけようとか、ここを攻撃しようと頭で考えながら本気でやったとしても、それでは自身の心身が理から離れてしまっており、その状態でいくら攻撃を強くし、大きくしたとしても、それは隙だらけであり、自分が居ついていることに気づきにくい。よく、ためしに合気をかけてくれと、腕をつかんでやってみろというが、中心線は折れ、部分だけ押さえつけ、探ろうと待ち構え、体が硬直し、技を予測し、その場で固まっているような相手にいくら、合気をかけようとしてもかかるわけがないし、かける必要もないのである。崩しの技法が変わってくるのだ。そんな相手には簡単に当身も入る。本気になっているつもりの本人は自分が合気の世界(本当の攻防・本当のやりとりの世界)の土俵にすら上がれていないことに気づいていないのである。

今までの自分が経験したことのない感覚を知ることであるため、理解できないままでよいし、うまくできないままでよい。ただ、一つ一つの受けをしっかりとって、一瞬一瞬を大事に、自分と向き合い、徹底的に稽古を継続することが、「本当の攻撃とは何か?合気とは何か?」を知ることができる唯一の近道なのである。

2016年10月29日

南 出 憲 宏

塾長のコメント

大東流無傳の合氣はこのような稽古の中から生まれます。

取と受の双方が共に質を高める稽古を付け合うことが最も重要なことであります。

無傳塾の稽古スタイルは輪番掛け合い方式でやっております。初心者の素直さと上級者の上手(うま)さとが融合

したものになります。

こうして無傳塾の技は標準化を図っております。

これが無傳塾の強みのひとつになっております。

 

大東流無傳塾 塾長 最高師範   飯 田 宏 雄

無傳塾の技〜大和田善正 003

五段 大和田善正 2014年3月22日撮影

合氣とクモの糸

飯田宏雄

新羅三郎源義光を始祖とする大東流合気柔術(合気道の源流)の術史において女郎蜘蛛(クモ)が張引きたる網の上の数倍大なる獲物と戦う様をみる。

イ)雁字梱み
ロ)搦(カラミ)み取る手練の技(暗示を受ける)

合気の神髄(合氣が相手の身体に入ると硬直しふっついて離れない)を体得し合氣柔術の極意を極めた。

あれから1000有余年経った今、スパイバー(会社名)は人工クモ糸を開発した。
このクモの糸は鉄を超える強度とナイロンより高い伸縮性を持ち金属や石油製品に代わる新素材(合成繊維クモノス)になる力を秘める。

それがトヨタの高級車ブランド「レクサス」の座席にクモの巣が応用し開花したのであります。

大東流無傳塾は「無傳の合氣」としてアップされていますのでご覧下さい。

夢三昧
2016年10月6日
合氣護身術大東流無傳塾塾長 飯田宏雄

無傳塾の技〜大和田善正 002

五段 大和田善正 2014年3月22日撮影

無傳塾の技〜21世紀は堀川幸道流の合氣護身術で〜

会津で生れ北海道で育った大東流合氣柔術(合気道の源流

堀川幸道師範(右)と若き日の飯田塾長

堀川幸道師範(右)と若き日の飯田塾長

「大東流合氣柔術は小柄な人でなければその奥義に達することが出来なかった。大兵肥満型は力に頼りすぎ、かえってその根本原理を崩し、害あって益なしとされていた。」

『会津剣道誌』中の『武道夜話』より

さらに大東流といえば柔術・関節技・当身技・固め技などの武田流では痛すぎるといわれ、特に女性が嫌うであろう。しかし植芝盛平が合氣道として柔の流れによって大衆に普及化した。

−植芝流−

大東流には柔術と合気柔術そして合氣の術とがあり、会津藩の殿中護身武芸御式内は合氣の術に属する。

当、無傳塾は、この武術に品性、品格、気品を備えた格式高い合氣護身術を志向していきたい。

「合氣の技」は力が要らないので老若男女年齢を問わず修行体験が出来る。したがって生涯体育として最適である。

相手につかまれた瞬間、赤子の手をつかむが如く<捻り><固め>の極めが可能である。ゆえに誰でもできるので、生涯健康維持に最適と思われる。

大衆化の第三段(波)として柔らかいが、真綿で締め付けられていく「柔の合氣」を志向していき、柔道で言うところの「柔よく剛を制す」空気投げのような柔らかい「柔の合氣」で具現化させて一般向けに広く普及を図っていきたい。(敬称略)

▼ English

Daito Ryu

Self Defense Techniques of the Muden Juku:

The Techniques.

“Even people of slight build can penetrate the secrets of Daito Ryu Aikijujutsu. This is because one who uses only muscular effort can be defeated by one who understands the principles of Kuzushi (balance breaking). In this way, it is possible for one to turn a potentially dangerous situation to one’s own advantage.”

(From: “Article on the sword arts of the Aizu Clan.” From “Tales of Bushido Told by Firelight.”)

To explain the above statement further, Daito Ryu consists of a unique collection of waza (techniques) including:

“Soft” techniques (techniques that require a minimal use of force), joint techniques, special strikes to vital points of the body (Atemi), “hard” techniques, and so forth.

The arts of Takeda Sokaku have had a long held reputation for being too “rough” and many people, especially women, disliked its practice. In particular, Morihei Ueshiba’s Aikido, as a “soft ” style, has gained a great many practitioners across the world.

Daito Ryu consists of Ju-Jutsu and also “Aikijujutsu”, which was practiced within the Aizu clan as a special type of self-defense that belonged to a group of techniques known as “O-Shiki-Uchi” (“Great teachings within the room”)

Muden Juku practices this type of Bujutsu. Training in Aikijujutsu develops a high level of self-defense ability and leads to a more refined spirit and upright character.

Because Aiki techniques do not require great physical effort to execute, men and women can enjoy its practice. It is a suitable physical practice for the very young and old.

This is possible because even the most subtle twist of a child’s hand or sudden application of a technique can overcome an attacker if one knows how and when to apply it. Because of this, Daito Ryu can be considered one of the most suitable arts for all ages and types of people.

By the time they each the level of third Dan, most practitioners are able to attain a softness and smoothness like that of silk when performing techniques. The principle in Judo that “softness overcomes hardness” reflects this level of attainment. This quality of “soft” Aiki is also good for a healthy, relaxed body.
People who train to this level can spread this “soft Aiki” far and wide.

無傳塾の技〜弐段 片野美和子「二人捕」