合気を理解する上で大事なこと

小手返し
「合気」の概念には様々な解釈があるが、本当の意味で合気を理解している者は少ないのではないだろうか。

武術における攻防の基本は、相手と同調し(相手の中に入り)相手の力をとる「崩し」の技法である。柔術であれば、力によって相手の関節や重心を攻めるが、合気は、筋力ではなく、理の中にある心身において発現される力によって相手の中心そのものを攻めて、相手を自分とつなげてしまうことである。相手の体が自分の体と一体化し、相手の体が自分の体の一部となっているので、相手を簡単に処することができるのである。但し、この合気の技法が成立するための前提条件がある。それは相手が本当の攻撃をしようとする意識の発動があったとき、また本当の攻撃をしようとした身体に対し「合気の崩し」が成立するのである。私は入門当初これを理解することができなかった。自分では本気で攻撃し、本気で掴みにいったりするのだが、明確に崩されるという感覚が得られなかった。合気なんていうのはまやかしではないかと当初疑ったこともあった。しかし、1回1回の稽古を大事に、自分自身に問題があるのではと自分と向き合う日々が続き、ひたすら稽古を積み重ねてきたある時、ふっと猛烈に合気が自分の体の中に入り、自身の力はとられ、つま先立ちにされ、何もわからず真下へ叩きつけられ、そのあとも意図せず先生の体の近くへ体がふっつき、体が硬直し、エビぞりになって固められてしまったのである。この時、如何に自分が本気で攻撃しようとし、頭では理解し、実践しているつもりでも、心身がそうなっていないことに気づいていなかったのだ。

武田惣角翁は相手をおこらせることにより、一時的に自然に相手の本気を誘発させ、合気の技をかけたという。その理屈がわかる気がする。あの時の自身の感覚は今でも忘れない。今までの攻撃は手先のみ。また無意識に技の予測をしており、当てる部分・攻撃する部分のみに集中され居ついて固まっていた。しかし、合気で崩されたとき、自分の体感覚は攻撃していく時にみぞおちは楽で、正中線の感覚も消えず、体全体がまとまって、足裏まで気持ちが下りていた。また、自分の攻撃が最初から最後までひたすらひたすらという感覚で、余計な思考が介在しないで集中しており、その状態で先生の中心へ入っていく感覚で向かっていったときに合気が入ってきたのだ。

ある部分だけおさえつけようとか、ここを攻撃しようと頭で考えながら本気でやったとしても、それでは自身の心身が理から離れてしまっており、その状態でいくら攻撃を強くし、大きくしたとしても、それは隙だらけであり、自分が居ついていることに気づきにくい。よく、ためしに合気をかけてくれと、腕をつかんでやってみろというが、中心線は折れ、部分だけ押さえつけ、探ろうと待ち構え、体が硬直し、技を予測し、その場で固まっているような相手にいくら、合気をかけようとしてもかかるわけがないし、かける必要もないのである。崩しの技法が変わってくるのだ。そんな相手には簡単に当身も入る。本気になっているつもりの本人は自分が合気の世界(本当の攻防・本当のやりとりの世界)の土俵にすら上がれていないことに気づいていないのである。

今までの自分が経験したことのない感覚を知ることであるため、理解できないままでよいし、うまくできないままでよい。ただ、一つ一つの受けをしっかりとって、一瞬一瞬を大事に、自分と向き合い、徹底的に稽古を継続することが、「本当の攻撃とは何か?合気とは何か?」を知ることができる唯一の近道なのである。

2016年10月29日

南 出 憲 宏

塾長のコメント

大東流無傳の合氣はこのような稽古の中から生まれます。

取と受の双方が共に質を高める稽古を付け合うことが最も重要なことであります。

無傳塾の稽古スタイルは輪番掛け合い方式でやっております。初心者の素直さと上級者の上手(うま)さとが融合

したものになります。

こうして無傳塾の技は標準化を図っております。

これが無傳塾の強みのひとつになっております。

 

大東流無傳塾 塾長 最高師範   飯 田 宏 雄

布施陽菜

型稽古が教えてくれるもの

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私が大東流無傳塾に入ったきっかけは海外旅行で外に出た時のことでした。自分が何も日本を理解していないと痛烈に感じたからでした。
それも現地の方と自国について語った訳でもなく、ただ日本の外に出た、とゆうだけで。
渦中にいると何事も中々見えにくいものがあります。
ただ一歩、自分と思っている境界線から出るだけで、見えるものはその意味や深さを変え「何も知らなかった」と気付けるのかも知れない。そして初めて「知る」ことが出来る。

新しい何かを知り理解しようとする時、思わず自分の中にある知識と照らし合わせ、「そうゆう事か~(わかったぞ!すでに知っているアレと同じ事だな!)」としてしまうと理解できた気がするけれど、その実今までと違う使い回しが増えたぐらいで何も得ていないものです。ではどうしたら新しい事を知れるのか。
それを体験で、実生活に活きるように教えてくれたのが型稽古でした。型稽古があるのは武術に限った事ではありません。これは廃(すた)れつつある日本伝統の物事や人間関係全般に対する“学び方”“関わり方”だと考えています。日本は他国の文化を自分のものに昇華融合するのが上手いと言われます。日本が明治維新~戦前、その勢いにも“らしさ”を損なわずに諸外国の技術や文化を取り入れられたのはこのお蔭だったのではないでしょうか。

「学ぶ」は「真似ぶ」とも言われます。型稽古はまさにそれで、今やり続ける意味が分からなくともひたすら真似て真似て少しずつ自分の中に型が出来てきます。そうしながら型に習い倣(なら)う。知らないものをそのままに手を加えず自分の中に受け入れ熟成させていくと、「型」は自分の人生の経験に応じて深さを増し、その意味を教えてくれます。この意味を自得できる喜びは本当に言葉にならない程です。
違う考えや価値観を自分に招き入れる事は、今までの価値観や生き方を壊すことではなく豊かにすることだと知識ではなく経験としてわからせてくれたのです。
そして優れた「型」は物差しとなり、自分が理から離れてはいないかを見つめる手立てにもなってくれます。
大東流は受け手も型で技を受けますが、動きが決まっていればともすれば“技がかかったフリ”の馴れ合いになると危惧されがちです。しかしそれは目の前に立ってくれている現実の相手に向き合っているのではなく、脳内の仮想の相手の動きに対応しているに過ぎません。これが時代を遡り生死のかかった局面だったらどうでしょう。本当の相手を視ていないとしたら?
人間関係も同じことで、人と会話する時、自分の中に残るものは自分の解釈か、それとも相手の話か。残るのが自分の解釈なら相手とではなく自分と会話している事になります。思い込みの世界から抜け出し「相手の話を聴く」事が出来た時に初めて関係性が結べたと言えるのではないか。そう気づけるようになりました。

そして心と身体の関係も教えてくました。稽古をするうち初めに感動したのは、力がぶつかって思うように身体が動かせない時と上手く行く時の違いは何かと考えた時、技術的な面ではないですが、上手くいく時は何も思考しておらず ダメな時は相手を倒そうとしていて、言いかえれば相手の状態(状況)を無理やり自分に合わせて動かそうとしている時は上手くいかないのです。
相手は変えられない、変えられるのは自分だけと精神的なことではよく言われますが、身体でも全く同じ法則なのかと分かった時でした。心(思考)であっても身体(行動)であっても相手を変えようとすると必ず衝突する。

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しかしこれではまだ頭の中の世界。実生活で活かす為には身体(現実)に落とし込む必要があります。
その為にも稽古稽古。自分が行動レベルで変わる事を楽しみながら続けて行きたいと思います。
場を創り教えてくれる師匠にも、それに付き合ってくれる仲間にも、型を伝え続けてくれた先人にも感謝です。新たな一歩を踏めた自分が嬉しくて歩みは一生止められそうにありません。

改めて考えると当たり前に思えますが、心と身体は同じ人。心を可視化させたものが身体だと言っても過言ではないくらいで、身体を見つめることは心を見つめることと同義なのだと思います。

弐段 布施陽菜

南出憲宏

無傳塾は本物の合気を知るための場所(型稽古について)

南出憲宏

無傳塾では型を通して深遠なる合気の体づくりをしている。型稽古は決して実戦のひな型ではない。即物的な強さを求めるものでもない。従って、この理解なしに合気を知ることはできない。

型稽古というと、取と受という関係の中で、取は技をかける方(後の先なので攻撃される方)で、受は技をかけられる方(攻撃する方)という単純な解釈をされやすいが、そうではない。取と受が、全身全霊で自分自身を型に落とし込み、今までの自分が経験をしていない感覚を感じ取り、取と受が互いに感覚の薄皮を一枚一枚剥ぎ取っていく作業なのである。そのため、取はどうしても相手をやっつけてやろうと技をかけることに終始し、それに対し受は取の攻撃にやられまいと頑張ることでは決してないのである。

実際の攻防においては、目まぐるしく状況が変化する中で、一瞬でも掴まれた部分に固執すれば、居着きを生み、自身の体は隙だらけとなり、敵の攻撃に晒されることになる。型稽古は実戦のひな型ではないものの、その認識を踏まえた上で型稽古に臨まなければならない。例えば、型稽古における受は、取の腕を掴み、取がその腕をある方向へ動かそうとしているがそれを押さえつけ、取の腕を動けなくさせることや単純に取の動きに迎合して動くことが正しい受け方であると勘違いしてはならないということである。取の動きが柔術か、合気かの精緻に差があっても、受は常に体感覚を鋭敏にして、取が動く時に取の微細な感覚を感じとり、取の崩しがなくなれば、いつでも動くことができる状態になっていることが重要なのである。また、取はその受の反応を感じ、自身が正しく動くことができているのかを検証するのである。(無傳塾では型で投げ型で受けよという言葉がある)

しかし、型稽古を実戦のひな型として捉えてしまえば、勝ち負けや相対的なスピード、筋力による起こりのある発動の域を出ることなく、身勝手な稽古を繰り返すのみで、いつまでも合気の極みに到達することはできない。自身の体と脳が経験をしたことがない感覚を呼び覚まし、動きの質的転換を行うには自分自身の素直さが求められてくる。だから、合気を修得するときに自分の今までの経験や考え方が邪魔になるのである。子供や女性の方が合気の技が上手であることに合点がいく。

飯田先生が指導してくださることを、自分の浅はかな考えで捉えるのではなく、純粋に受け入れ、ただひたすら型に自分自身を落とし込み、稽古を続けることによりはじめて新しい発見ができるのである。その積み重ねの先に、合気があり、実戦にも対応しうる心と体がいつの間にか出来上がるものなのかもしれない。

最後に、合気は見ただけで決して理解できるものではない。無傳塾には合気を修得するための方法論がある。堀川幸道翁の合気を求め、真摯に修行を続け、合気を体得するための術は何たるかを知り、その方法論・稽古法を含めた塾風を守り続けている飯田先生に畏敬の念を強く感じる。何故なら、この塾風なくして合気の体得はありえないのだから。

2015年11月25日
弐段 南出憲宏

大和田善正

私が稽古させていただいている無傳塾は、飯田宏雄塾長が2001年に開塾されて以来札幌を拠点に大東流の稽古を通して大東流の普及活動に努めております。

私は大東流を始める前、学生の時分に縁があり静岡県で合気会に入門をさせていただき、その技や精神性に強く惹かれて武術に興味を持ちました。その後札幌に戻りご縁があって飯田塾長に大東流を指導いただく機会を得ることができました。

心身を鍛えたいとの思いから武術を稽古し始めて17年たちますが、塾長のご指導方法のおかげで毎回の稽古に新たな発見があり、厳しいながらも楽しく通わせていただいております。集まる塾生の方々も楽しんで稽古をされているので、道場自体が自然と楽しい雰囲気になります。このことが現在まで私が稽古を続けてこられた一番の理由だと思っており、飯田塾長には感謝しております。

我々の稽古している大東流ではその技術体系を柔術や合気柔術や合気之術というように称する事があります。私は、柔術、合気柔術、合気之術のそれぞれが素晴らしいものであり、そのすべてが一つの流派に内包されていることに驚きとともに素晴らしさを感じており、まさに「洗練」という言葉がふさわしい流儀だと思います。しかし、このような技術を習得し流儀を体現できる体に変わるには、大方、10年単位の稽古時間が必要だと感じております。そしてまた私達の稽古は自分だけでは成立しませんので稽古していただく相方が必要です。

私は、この素晴らしい流儀を将来の塾生に継いでいけるような無傳塾であってほしいと願っています。その為に、無傳塾の塾生が永く稽古を続けていける場であるよう塾長のもと塾生達と力を合わせて稽古に励みたいと思います。

無傳塾 大和田善正

片野美和子

合気は生き方

片野美和子

大学時代アメリカに留学していて、日本人として何一ついわゆる日本の伝統的なものについて知らない自分に愕然とし、それ以来、茶道、華道、書道、武道に興味関心がありました。しかし、20年近くなんの縁もないまま時は過ぎ、6年前、自宅の近くで仕事の終わった夜に合気を習える可能性があると知り、夫と娘と共に見学したところ家族で魅せられ、家族で始めました。力で投げているのではないということに、何とも言えない魅力と不可思議さを感じたのです。


力を使うのではなく、力を抜くことを学びます。力を抜くといっても、腑抜けということではありません。「気」は目に見えないものなので、言葉での説明には限界があります。体得していくものなのでしょう。うまく力が抜けて技が決まると、技をかける時も、かけられて投げられても、何とも言えない心地よさを感じます。

ストレス社会に生きる私たちにとって、何もかも忘れて力を抜くことに熱中するのは、最高のストレス対策です。また、カイロプラクターの私としては、稽古することで腹筋は鍛えられるし、姿勢はよくなり、身体のバランスが取れてくるので、良いエクササイズとも言えます。飯田先生や高段者の方々を目標に励んでいますが、合気を通して、まさに心身ともに健康にバランスのとれた人生にしていきたいと思っています。

片野美和子さんの写真

右が片野美和子さん

稽古は、輪番で型稽古が中心なので、競争ではなく、己の向上を目指します。飯田先生は、「開かれた」合気を目指し、女性や子どもにも積極的に推奨しています。「力」技ではないので、私たち女性にも非常に魅力的です。凛として芯の通った女性武道家になりたいものです。

合気を知れば知るほど、奥が深く、身体の許す限り、合気を追求し、技の向上をめざしていくつもりです。外国にも仲間がいますし、「合気は国境を越え」ます。

合気は身体、精神、心に通じるものがあり、生き方が現れるし、また生き方にも現れると思います。私にとって合気は、自分自身を成長させるための大切なもので、健康がゆるす限り細く長く一生続けていきたいことの一つです。

片野淳彦

「捨て置け」の術理と紛争解決

片野淳彦

片野淳彦さんの写真

右が片野淳彦さん

無傅塾で合気の稽古をはじめて七年になります。子供の頃から運動が苦手で、運動不足を感じる年齢になってもスポーツには抵抗があり、どうせやるなら武道をと思っていたところ、縁に恵まれて稽古を続けています。おかげさまで体調は良好で、雪道で転ぷのが怖くなくなり、自分の体の変化に小さな感動を覚えながら、毎日を過ごしています。

稽古ではしばしば「捨て置け」と教えられます。手首をつかまれると、どうしてもそれを振りほどこう、つかみ返そう、ひねってやろうと邪(よこしま)な気を起こしがちです。そうすると、つかまれたところから力を伝えてしまい、起こりが生じたり、体が居着いたり、腕の力だけで投げようとしたりして、技が重くなるのです。むしろ、つかまれたところを支点として動かさない、相手に力を伝えない、つかまれたところは「捨て置け」ということを、繰り返し稽古しています。腕力で相手を凌駕するのではないから、腕力の多少に関わらず相手を制することができるわけです。

私は日頃、大学で教員をしながら、紛争解決の研究をしています。家庭や隣近所のいさかいから、学校や職場のトラブル、会社や組織での交渉、通商や領土をめぐる国際紛争まで、種々のもめ事を幅広く扱う研究です。紛争は多岐にわたりますが、人間関係が介在しない紛争はありません。そして興味深いことに、紛争解決においては「捨て置け」の術理に通じる英知が認められるのです。

たとえば「いじめ」について考えてみます。いじめをなくそう、と誰もが言います。すると、なくすべきいじめとは何か、あれこれと定義がなされます。そうして、いじめが疑われる事件に注目する人々の目は、いじめが「あったかどうか」に居着くことになります。これこれの定義に該当しない、だから執拗な嫌がらせはあったが、いじめにはあたらない、などと報じられてしまいます。こうした状況に対して、児童心理司の山脇由貴子さんは「いじめ」という言葉を使わないことを提案しています。いじめのあるなしよりも、子供たちの安全確保に集中することで、結果的にいじめがなくなっていけばいいからです。いじめをなくすには、いじめは「捨て置け」というわけです。

紛争でも合気でも、目に見える対立点は氷山の一角にすぎないということを、「捨て置け」の術理は教えています。かくして、力を伝えず、軸をぶらさず、まっすぐ立つことを稽古するわけですが、真に「捨て置く」ためには、「捨て置こう」とする執着をこそ「捨て置か」なければならないところが、この術理の一番難しいところなのだと思います。

湯浅拓幸

合気技の無名性と型稽古について

大東流 無博塾 三段昇段審査 論文湯浅拓幸

無傳塾に入門以来早くも7年の月日が経とうとしている。本当に月日の経つのは早いものである。その間、700回ほど稽古した。それは常に「型稽古」であった。そして、この頃、無博塾の本領は型稽古にこそあると実感している。

入門当初は塾長が稽古の際に「あれやって」とか「この技を稽古しよう」とか言われるのを聞いて、正直なところ、(いささ)か奇異に感じることがあった。(かつ)て稽古していた少林寺拳法との余りの違いにとまどいを感じることもあった。しかし、今やその思いは稽古を重ねるに従って、当初とは全く別の思いへと変化しつつある。大東流の技は、就中(なかんずく)無傳塾の技はまさしく「あれ」であり「この技」なのである。その技の無名性にこそ大東流の本質を考える鍵が隠されているのではないかと思い始めているのである。

少林寺拳法においては、「技法の体系」として技が「柔法」と「剛法」の二系統に分類され、それが更に幾つかの「拳系」に整然と組織されている。少林寺の拳士は六百数十とも言われるそれらの技を、入門時に全員に配付される「科目表」(と名付けられた冊子)に従って、順次一つ一つ稽古し身につけて行く。勿論全ての技に名前が付けられている。技をイメージさせるかなり具体的な名前である。そして、明瞭に示された基準(稽古回数、経過月数、指定された技の修得)に従って、師匠の推薦により、何人かの審査員の下で実技と論文の昇級・昇段審査を受け、その双方が基準点数を満たした者が合格とされる。実に組織的且つ合理的であると同時に極めて有効な稽古方法であると思う。何よりも、稽古する者にとって「自分の技がどこまで進んでいるのか」が分かり易く、向上意欲を持ちやすいのが特徴である。私は、こうした稽古方法は勿論のこと、その根底に流れる禅思想の面でもその技の面でも少林寺拳法は極めて優れた武道であると今も思っている。

一方(ほとん)ど全ての大東流の技は名前を持たない。名前を持っているにしても抽象的な名前が多い。そして、少林寺拳法ほどの組織的、合理的な稽古方法をも持たない。ひたすら型稽古である。そのためか、自分の技がどこまで進んでいるのか、中々分かりづらい。意欲を持続させることが難しい。それでは型稽古は有効な稽古方法ではないのか。答は否である。それどころか、この型稽古にこそ大東流の本質が潜んでおり、その技の無名性にこそ合気技の神髄が隠されているのではないかと思われるのである。合気を身につける為にこれほど優れた稽古法はないと思われるのである。合気技は畢竟(ひっきょう)合気技でしかない。「合気」を身につけることこそが型稽古の唯一の目的であり、最終の目標なのではなかろうか。

大東流における有名無名のあの技やこの技は、その技を使えること自体が目的なのではない。あの技やこの技が使えるようになることを通して、究極の「合気」を身につけることこそが最終の目標なのである。究極の到達点なのである。そこに到達した時、それぞれの技に名前は要らない。敢えて言えば「合気」という名のただ一つの「技」がそこに存在するだけである。その境地を目指して、我々大東流を稽古する者は日夜型稽古を繰り返し、修行に励むのである。「何もしない」とは、「あの技やこの技をしない」ということなのではなかろうか。「ただ黙って背筋を伸ばし、姿勢を正して真っ直ぐにそこに立つ、座る。」「ただゆったりと静かに息を吐き、吸う。」「全身のカを抜いてただ相手の前に立つ、相手のカを受け容れる。」それは通常の武道の概念からすれば到底「技」とは言えない。しかし、我々無傳塾の目指す技はまさしく「これ」なのであり「あれ」なのであり「あの技」に他ならぬのである。

「合気」とは一体何か。まだ僅か7年しか修行していない私にそれはわからぬ。或いは永久にわからぬかもしれぬ。しかし、それは感じることができる。人聞の体と心との玄妙不可思議な働きとしか言うことのできぬものとして確かにある。自分が手を開く時、相手が崩れて行く。少なくともその時に「合気」はその姿を垣間見せる。この「手を開く」ことこそが型稽古の出発点であり、到達点である。或いは、その全てであると言っても過言ではあるまい。
この「技」への道のりは余りに遠く、余りに長い。しかし、到達点は恐らくある。見えている。そして、型稽古のみがこの「技」に、「合気」という名の「唯一の技」に到達するただ一つの道なのではなかろうか。型稽古とは、謂わぱ、「一つ一つの技」という「個物」を通して「合気」という「普遍」に至り着く為の唯一最高の道なのではなかろうか。我々は、それを信じて、一歩一歩修行して行くしかない。私は、嘗て明暗尺八と少林寺拳法の修行を通して、「量が質に転換する」ということを学んだ。「千回の稽古」ということの意味を教えられた。先ずは「千回の稽古」を目指して、地道に気長に(ゆる)むことなく稽古を続けたいと思う。「朝鍛タ錬」と古人は言った。この言葉は重い。

修行

(平成27年5月23日)

宮崎裕美

ハマってます!北海道にゆかり深い大東流合気柔術

ハマってます!宮崎裕美

朝日新聞BunBun JUL2005NO.148 2005年7月号

宮崎さんは、3人目の子供を妊娠中に、安産のために西野流呼吸法を習った。その深い精神世界に触れた彼女は、やがて「気」を知りたいと思い、呼吸法の先生の紹介で、大東流合気柔術無傳塾の飯田宏雄師範の門をたたく。師範の手を握ったお弟子さんが、手を返したとたんに飛んでいったのを見て仰天。その美しく精緻な技に魅せられた。以来6年、家族の理解も得て、週に2〜3回の稽古に欠かさず通っている。この5月には、無傳塾が主催した国際フォーラムで、きたえーるの夢の舞台に立つほどに腕を上げた。

大東流合気柔術とは、信玄の没後、会津武田に興った古武術。中興の祖、武田惣角は、北海道に長く住み多くの弟子を育てたが、飯田師範はその孫弟子にあたる。

動く禅とも呼ばれる合気柔術の世界にハマっていった宮崎さん。好きなことをやっているという充実感から子育ても苦にならず、家庭も明るくなった。「自分の体や心と向き合い、ニュートラルな状態に身を置くことが大切なので、稽古を重ねるごとに人を受け入れる気持ちが育ってきたと思います。人とぶつかり合うことがなくなり、主人も、あまり怒らなくなったねと言っています。気持ちが前向きになりました」。合気(呼吸力)で相手の力を瞬時にとってしまうため、力はまったく不要。むしろじゃまになるというものなので、女性や子供にもまったくハンディなく生涯続けられ、ほどよい運動量で健康にもいいという。

現在は奥義参段の腕前。30年かかって師範になった先生に習って一生続けて師範になり、世の中に日本の文化として大東流を広めていくのが夢だという。「とくに子供たちに教えたいですね。和の心を教育して、立ち居振る舞いや優しさ、礼儀正しさなどをみにつけていってほしいんです」。

朝日新聞BunBun JUL2005NO.148 2005年7月号より

南出憲宏

入塾のきっかけ

もっといい合氣をつくろう!合氣の好きな人がいい合氣をつくる。

大東流中興の祖と言われる武田惣角翁並びにその中でも不思議な「合気」の技を体現する永世名人と謳われた堀川幸道翁の存在を紙面等で知っていた。力を使わず、攻撃してくる相手をいとも簡単に崩し、投げて、更に固めて動くことができないようにしてしまう「合気」というものにとても魅力を感じ、長い間自分の中にくすぶるものがあった。

転勤をきっかけに大東流の本場である北海道に縁あって来ることになった。その時に知ったのが「合気護身術大東流無傳塾の飯田宏雄先生」の存在であった。無傳塾のホームページやBAB出版のDVD「触れ即合気」も拝見し、そこで大変驚いたのは、女性や子供(子供と言っても小学生以下と思われる子供)が手をすっと開いたかと思うと、大のおとなが自身の重心をとられ、みるみるうちに体がのけぞり、崩れていっているではないか。とても衝撃的な光景であった。わざとやっているようにはとても見えず、巷によく見られるタイミングや筋力的な力感のある動きとは明らかに異なるものがそこにはあった。ここには「本物の合気」に触れることができるのではないかと無傳塾の門を叩いた。気さくな飯田先生から温かく受け入れていただき、入塾を決めた。

飯田先生のもとで稽古を重ねるうちに、一般的な筋力による力とは違い、人間が本来持っている自然で純粋な心・体から発現される力(相手とぶつからない力)を知ることになる。人間の「本当の理解」とは、単に頭の中ではなく、自分の肌、体で感じたものこそ、本当の意味での経験となり、更なる理解を深めることができるのだということをつくづく思い知らされた。昨今、インターネットなどの媒体において、様々に展開される合気に対する考えや意見に触れる機会があるが、結局のところ、自身が体験もせず、感じてもいない者同士で論じ合うことが無味乾燥のように思えてならない。

まだ拙い自分ではあるが、無傳塾で稽古をすればするほど、少しずつではあるが、心と体の深まりとともに合気とは何かをおぼろげながら感じることができるようになってきた。何よりも飯田先生の薫陶を受けることができること。そして、いっしょに稽古する仲間達のおかげである。

堀川幸道翁の背中をただ純粋に、ひたすら追いかけ、柔術でもなく、合気柔術でもなく、純粋な「本物の合気」を求め続けて、今もなお、謙虚に修行を続けられ、その合気を具現化できる人が目の前にいる。それが飯田先生である。「本物の合気」を習得するための稽古法と環境がこの無傳塾には用意されている。そして無傳塾には不世出といわれた合気がオープンにされていて、合気という世界に誇るべき日本の無形文化を知る機会が眼前に広がっている。
一緒に稽古しましょう!!

2014年9月12日
合気護身術大東流無傳塾
初段 南出憲宏

小林風人(中学二年生)

私が大東流合気柔術(合気道の源流)を始めたのは今から約一年前であります。当時、合気道という名前すら知りませんでした。
しかし稽古をしていくうちにこのような事を思い始めたのです。
「合気道(大東流合氣柔術)はピアノと同じである」
私は4才からピアノを習っています。もうかれこれ10年になります。
「呼吸も音楽(リズム)なのだから呼吸をしっかりしなさい(音楽用語ではブレスという)」「姿勢を正しなさい。体が前のめりになっていますヨ。手をしっかり開かないと弾けないヨ(1オクターブなど)」とよく言われます。
この「呼吸、姿勢、開手」は合気道(大東流合気柔術)とピアノは全く同じなのです。
飯田先生が監修した無傳塾のDVD「受け継がれる達人技 触れ即合氣」の表紙には「姿勢、呼吸、開手」の語があります。これを知り、もっと大東流合氣柔術を学びたいと思ったのであります。
競技スポーツと対極にある合気道は勝ち負けではありません。
だからこそ試合方式でない日本古来の稽古法である型稽古の合気道をやる事で心身を鍛え整えられるのだと私は思います。
大人の方は、ストレス解消につながると思います。
だからこそ、多くの人々に合気道(大東流合気柔術)をやっていただきたいのであります。
合気道はただチカラまかせで相手を倒すのではなく
合気という術があるから小さなチカラで投げることができるのです。そんな武道だと思います。
武道を詳しく伝える「月刊誌 秘伝」には、このような事が書かれていました。大東流には技に名前がついていません。名前がついているとどうしても、その名前にとらわれてしまう「言語化しないことの強味」技はこうしてやるのだと決めてしまう(言語化する)のではなく、色々と工夫していく事が大切だと思いました。
「力を出さない 力を与えない 何もしない」ことから生れる合気道を是非一度体感していただきたいのです。
私はこれからも合気道(大東流合気柔術)を続けていきます。

稽古
2014.9.1

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