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後技座取両手つかみタスキ掛け合氣前方投げ


投げられた90キロの大男が大きくバウンドして逆スピンが掛かり勢いよく取の膝元にぶつかってくる。

合氣之術だからふっついてくるのです。

合氣が掛かっていない場合は投げ放されていまい「ふっつく」ことはありません。

見えざる力!摩訶不思議!無傳のザ合氣!!

 

第19回大東流無傳塾友好演武大会のご案内

日時:平成31年4月27日(土)13:00~15:00

場所:札幌市西区体育館

 

Seminar Portugal Branch

Daito Ryu Seminar with Hiroo Iida ,Portugal,Early November 2019.

 

 

 

會津へのエール【無傳塾DVD第2弾 口上分】

無傳塾のDVD第2巻(BABジャパン制作・2012年7月31日発売)に掲載された口上文です。

【無傳塾DVD第二弾 口上文】

 

明治31年(1898年)5月12日、今から114年前のこと。

会津士族武田惣角源正義は旧会津藩主の松平容保の臨席のもと元筆頭家老の西郷頼母(保科近悳)から藩外不出の御留流であった殿中武芸護身術「御式内」(大東流合気柔術の中核)の相伝印可を授与された。

その折、容保からは旧会津藩において恩賞として高録の藩士に与えられていた紫の羽織紐が惣角に下賜された。また、西郷頼母近悳からは「知るや人、川の流れを打てばとて、水に跡あるものならなくに」という和歌一首が贈られた。

戊辰戦争に敗れ朝敵の汚名を着せられた会津藩は、何を思い惣角に何を託したのであろうか。

まずは、この汚名を返上すべく旧藩主は「会津藩秘伝の平法」を世に知らしめ、会津武士の威信回復を切望していたのであろう。つまり、惣角は“藩命”として身命を賭して「大東流合気柔術」の全国指導普及の行脚を始めたのである。

さて、朝敵の汚名返上の好機が到来した。昭和3年(1928年)9月28日、松平容保の四男で外交官を務めた松平恒雄の長女である節子と秩父宮雍仁(やすひと)親王(昭和天皇の弟)の御成婚である。

孝明天皇の信頼を得ながら明治維新で朝敵とされた容保公は節子にとって祖父にあたる。戊辰戦争では白虎隊の悲劇を生み、藩士らも流罪に等しい労苦を強いられただけに旧藩主の孫娘の皇室入りに地元は「会津の復権」に沸いた。幼名は節子であったが大正天皇の皇后である貞明皇后の旧名は九条節子(くじょうさだこ)であり同じ字では恐れ多いため、御成婚により会津の“津”をとって「勢津子」と改名された。勢津子妃は、父恒雄の任地であったイギリスのロンドンで生まれ、日英協会名誉総裁。秩父宮雍仁親王はオックスフォード大学に学び、英国とは浅からぬ縁があった。

明治36年(1903年)、米国からプロレスラーが来日、仙台警察署において2名が惣角に試合を挑み完敗した。当時、米国より派遣され来日していた英語教師チャールズ・ア・バリーは、帰国してセオドア・ルーズベルト大統領に報告して知るところとなり、大統領の要請により惣角の代理として原田信蔵を派遣渡米させ普及している。

大東流中興の祖である武田惣角から手解きを受けた門人は明治・大正・昭和の三代にわたり多士済々であり、大正14年に竹下勇海軍大将、昭和9年に岡田啓介総理大臣らには「試される大地・北海道」から惣角が指導に出向いている。こうして蒔かれた合気の種が芽を出して、百余年を経て大東流合気柔術を源流とする合気道は広く世界に流布、日本を代表する伝統文化の一つとして開花したのである。

今日、世界における武道人口のランキング上位は、1位が空手、次いで柔道、そして3番手が大東流を源流とする合気道と続いている。

北海道における会津藩ゆかりの地として、会津藩祖の保科正之公を土津霊神(ハニツレイシン)として祭祀する琴似神社が札幌市郊外に鎮座している。正之公は徳川二代将軍秀忠の側室の子にして、四代将軍家綱の輔佐役(大政参与)、異母兄である三代将軍家光から松平姓と葵紋の使用を認められていた名君である。明治初年より多くの旧会津藩士たちが士族移民として北海道開拓に尽力している。

もともと御式内(合気の原典)の宗師家は会津藩主が代々これを継承しており、大東流も合気道も同じ伝承系譜から輩出されたものである。

日本古来の精神の武術「大和心の武道」ともいえる大東流は偉大なる無形文化財と言っても過言ではない。

かつて会津藩の所領であった福島県は明治維新による戊辰戦争の屈辱に加え、平成23年3月11日に発生した東日本大震災の苦難に見舞われている。福島県民の皆さんには、このような大いなる無形文化財を育んだことに誇りを持っていただきたい。

この未曽有の大震災により人々の絆を強めている昨今において、大東流と合気道の斯界もこれを機に各流会派の独自性と特色を尊重しつつ、それぞれが謙虚になり和合の道を見出して互いの絆を強めるべきではないだろうか。

会津で代々培ってきた大東流合気の花、その花を武田惣角は北海道に根付かせた。日本全国さらに世界へとその花の種は蒔かれ「大和心の武道」の花となって咲き始めている。それぞれが手を取り合い強い絆のもと、日本の素晴らしいこの文化遺産を世界に向けて発信していきたい。

(敬称略)

 

世界とつながり絆を強めよう!

平成24年(2012年)3月11日

 

 

 

第八回會津鶴ヶ城古武道祭で演武致しました

第八回會津鶴ヶ城古武道祭での演武

第八回會津鶴ヶ城古武道祭での演武

平成25年9月22日(日)会津鶴ケ城本丸特設ステージで大東流無傳塾も演武致しました。

保科正之公御鎮座 国指定史跡土津神社

保科正之公御鎮座
国指定史跡土津(ハニツ)神社

保科正之公は大東流合気柔術を御式内(殿中護身武術)と定め会津藩の御留技とした日本国の名君といわれた方です。

演武の動画

動画撮影:İlkay İtkü

イルカイさんがビデオを撮影してくれていたので、彼の承諾を受けて無傳塾ウェブサイトにも掲載させてもらいました。

 


▼ 無傳塾の紹介

塾生募集中!

大東流合気柔術中興の祖、武田惣角源正義翁は門人を前に「ほら、簡単だろう、だから見せないのさ」と言った。

ただ真っ直ぐに立つ、正しく座る、それが技
ただ姿勢を正して、ゆったりと息を吸う、息を吐く、それが技

無傳塾 少年の部 吉岡俊亮くんの演武
8才(当時)の男の子、吉岡俊亮くん。友好演武大会において、事前のお手合わせのないぶっつけ本番でやってもらいました。

一度見学に来てみませんか?

  1. こどもと大人と一緒に稽古する時間帯を設けています。
  2. 普通の武道ではない風景、男性と女性とが一緒に稽古しています。
  3. ご両親とお子さんたちが楽しく和みながら稽古をしています。
  4. 学校では経験することがない小学1年生から70歳未満の縦社会でコミュニケーションがとれます。これがイチバンのメリットです。
  5. 当塾では今までケガは皆無であります。
  6. いよいよ小中学校から武道教育が始まります。本物の武道に触れてみませんか。
  7. 海外に出ると自分が日本人であることを強く意識(アイデンティティの目覚め)します。世界に誇れる大和心の武道を身につけましょう。

兄弟姉妹の方もやっていますヨ

親子でも


子どもといっしょに


夫婦なかよく

親お子さんたちがそしてご夫妻で楽しく和みながら稽古をしています。
むずかしいをカンタンに手ほどきします。

料金その他詳細は、お電話またはメールフォームでお気軽にお問い合わせください。

稽古は「きたえーる」「西区体育館」「南区体育館」でおこなっています。
詳細はこちらをご覧ください。稽古の見学、体験入学も受け付けております。

さらに詳しい情報はこちら → 塾生募集その2
 
第2回無傳塾イチバン選考会一般女子の部イチバンに選ばれた、高谷あかりさん。
詳しくはこちら → 2012年無傳塾イチバン選考会 一般女子の部

 

2012年7月発売の無傳塾DVD最新作です。
詳しくはこちら →「奥義!触れ即合氣

 

2010年9月発売の DVD「触れ即合氣」からごく一部を抜粋してご紹介しています。
詳しくはこちら → 受け継がれる達人技「触れ即合氣」

 

出前講習しますご相談下さい。