Seminar

Daitoryu Muden Seminar Hiroo Iida Portugal

Portugal Branch 1th 2th 3th November 2019

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半身半立四方投げ

奥義参段 南出 憲宏

 

「巻物第1巻の審査資格をいただくにあたり」

飯田先生のもとで修行を続け、8年が経ちました。合氣の技術において、これで出来たという完成形はなく、先生の受を取らせていただく度に、技術レベルの上限は尽きることなく更にその奥深さを実感する日々です。

無傳塾という合氣の技術を学ぶことができる素晴らしい「場」があり、当たり前のように飯田先生のもとで日々修業を続けていくことができる環境があります。しかし、こうして今、私達が先生のもとで合氣を学ぶことができるのは、飯田先生をはじめ、過去の先人たちが合氣の技術を大切にし、伝えていこうとするその思いや情熱、そしてたゆまない努力を綿々脈々と紡いできた結果に他なりません。普段から意識することは余りありませんが、これらのことがなければ今の私たち塾生は確実に存在していないのであり、何人たりとも否定できない事実です。翻って考えてみれば、飯田先生のもとで学ぶということは、既に私たち塾生も今後の未来・責任の一端を必然的に担っていることになり、稽古で技術を磨いていくことはもちろんのこと、その心を理解し、自分自身の生活に落とし込み、責任をもって行動していかなければならないということです。

大東流がどのように発祥し、誰がどのようにして伝承されてきたかは様々な諸説があり、今後の更なる歴史的考察を待つところです。しかし、近々の時代や先人達へ思いを馳せると、どうしても「幕末」に目を向けざるをえません。

江戸幕府の終末という時代の大きな節目を迎え、会津藩がその歴史の波に飲み込まれ、藩自体もその文化さえも消されようという状況の中、少なくとも会津の人たちはその猛烈な屈辱・無念を感じ、その自責の念に押しつぶされようとしていたことは容易に想像できます。会津藩家老であった西郷頼母翁もその一人であったことは想像に難くありません。その渦中で、少しでも会津の誇りを残したい、「会津魂ここにあり!」という強い思いがあったからこそ、御式内・合氣が大東流の中興の祖・武田惣角翁へと繋がり、大東流が発展していく大きな原動力になったことは否定できません。その綿々と続く流れが諸先輩方をはじめ、堀川幸道先生そして飯田宏雄先生へとバトンが手渡され、各々の技術・熱意・努力そして思いが凝縮し、醸成され現在に至っているのです。

この度、飯田先生より巻物1巻の審査を受ける資格をいただきました。飯田先生をはじめ先輩方が積み重ねてきた歴史を思うと、更に身の引き締まる思いです。今後も謙虚にそして真摯に修行を続け、先生や先輩達の名に恥じぬよう自分を磨いていきたいと思います。

 

2019年7月26日

合氣護身術大東流無傳塾

塾生(奥義参段)南出 憲宏

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ワニの口捻

二本の六尺棒から同時に合氣を伝播させ崩れる様をご覧下さい。

師範 飯田 宏雄

帯取

腰合氣 僅小の動きの威力をご覧下さい。合氣の効用。

奥義参段 片野 美和子

入身投げ

合氣で崩れているので素早く且つインパクトのある技で投げることが出来ます。

奥義参段 布施 陽菜

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無傳之頭合氣

無傳の合氣は触れたところからどこからでも掛かります。

正面からの撮影:受が投げられたとき頭から手が放れたが、逆スピンが掛かり取に「ふっつき」ます。

横からの撮影:受のわらにもすがる思いがこのようにふっつくのでしょうか。これが無傳の合氣の特性になります。

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無傳之合氣

座取合氣絞三人捕

内の流儀である「力を出さない 力を伝えない 何もしない」

の具現化がこの技になりました。

合氣之術は畳み重ねるものに非ず、「ふっつくもの」であります。

これが会津藩の御式内(御留流の技)であります。

徳川幕府から会津藩に御流儀があれば差し出されよう(申告しなさい)という要請に対し、

「会津藩は小藩ですので、そういったものはございません。何卒悪しからずご容赦願います。」と頑なにこれを固辞しました。

飯田の恩師である永世名人位・堀川幸道師範は格式の高い武術であると折に触れよく口にされておりました。

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ワニの口捻り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


後技両手づかみタスキ掛け合氣前方投げ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第19回大東流無傳塾友好演武大会

日時:平成31年4月27日(土)13:00~15:00

場所:札幌市西区体育館

平成最後の演武大会を開催いたしました。

来年はいよいよ東京オリンピックの年が来ます。

当無傳塾はこの演武大会を我々のオリンピック・夢の舞台としての位置づけをしています。

技術の向上は言うまでもなく武道の普及と伝承、そして斯道の発展・隆盛且つ交流促進を図ることを目的として続けております。

来年は「北海きたえ~る」に於いて、国内をはじめ海外からも参加を呼び掛け、無傳塾の演武大会20回並びに無傳塾創立20周年記念大会となります。

【開催日】

2020年5月2日(土) 演武大会

2020年5月4日(月)・5日(火)オープンセミナー予定

参加は随時受付けております。

当ホームページ上のお問い合わせメールフォームからお申込み願います。

両手掴み交差外し合氣投げ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会津に甦れ消えた古武道

後技座取両手つかみタスキ掛け合氣前方投げ


投げられた90キロの大男が大きくバウンドして逆スピンが掛かり勢いよく取の膝元にぶつかってくる。

合氣之術だからふっついてくるのです。

合氣が掛かっていない場合は投げ放されていまい「ふっつく」ことはありません。

見えざる力!摩訶不思議!無傳のザ合氣!!

 

第19回大東流無傳塾友好演武大会のご案内

日時:平成31年4月27日(土)13:00~15:00

場所:札幌市西区体育館

 

Seminar Portugal Branch

Daito Ryu Seminar with Hiroo Iida ,Portugal,Early November 2019.

 

 

 

會津へのエール【無傳塾DVD第2弾 口上分】

無傳塾のDVD第2巻(BABジャパン制作・2012年7月31日発売)に掲載された口上文です。

【無傳塾DVD第二弾 口上文】

 

明治31年(1898年)5月12日、今から114年前のこと。

会津士族武田惣角源正義は旧会津藩主の松平容保の臨席のもと元筆頭家老の西郷頼母(保科近悳)から藩外不出の御留流であった殿中武芸護身術「御式内」(大東流合気柔術の中核)の相伝印可を授与された。

その折、容保からは旧会津藩において恩賞として高録の藩士に与えられていた紫の羽織紐が惣角に下賜された。また、西郷頼母近悳からは「知るや人、川の流れを打てばとて、水に跡あるものならなくに」という和歌一首が贈られた。

戊辰戦争に敗れ朝敵の汚名を着せられた会津藩は、何を思い惣角に何を託したのであろうか。

まずは、この汚名を返上すべく旧藩主は「会津藩秘伝の平法」を世に知らしめ、会津武士の威信回復を切望していたのであろう。つまり、惣角は“藩命”として身命を賭して「大東流合気柔術」の全国指導普及の行脚を始めたのである。

さて、朝敵の汚名返上の好機が到来した。昭和3年(1928年)9月28日、松平容保の四男で外交官を務めた松平恒雄の長女である節子と秩父宮雍仁(やすひと)親王(昭和天皇の弟)の御成婚である。

孝明天皇の信頼を得ながら明治維新で朝敵とされた容保公は節子にとって祖父にあたる。戊辰戦争では白虎隊の悲劇を生み、藩士らも流罪に等しい労苦を強いられただけに旧藩主の孫娘の皇室入りに地元は「会津の復権」に沸いた。幼名は節子であったが大正天皇の皇后である貞明皇后の旧名は九条節子(くじょうさだこ)であり同じ字では恐れ多いため、御成婚により会津の“津”をとって「勢津子」と改名された。勢津子妃は、父恒雄の任地であったイギリスのロンドンで生まれ、日英協会名誉総裁。秩父宮雍仁親王はオックスフォード大学に学び、英国とは浅からぬ縁があった。

明治36年(1903年)、米国からプロレスラーが来日、仙台警察署において2名が惣角に試合を挑み完敗した。当時、米国より派遣され来日していた英語教師チャールズ・ア・バリーは、帰国してセオドア・ルーズベルト大統領に報告して知るところとなり、大統領の要請により惣角の代理として原田信蔵を派遣渡米させ普及している。

大東流中興の祖である武田惣角から手解きを受けた門人は明治・大正・昭和の三代にわたり多士済々であり、大正14年に竹下勇海軍大将、昭和9年に岡田啓介総理大臣らには「試される大地・北海道」から惣角が指導に出向いている。こうして蒔かれた合気の種が芽を出して、百余年を経て大東流合気柔術を源流とする合気道は広く世界に流布、日本を代表する伝統文化の一つとして開花したのである。

今日、世界における武道人口のランキング上位は、1位が空手、次いで柔道、そして3番手が大東流を源流とする合気道と続いている。

北海道における会津藩ゆかりの地として、会津藩祖の保科正之公を土津霊神(ハニツレイシン)として祭祀する琴似神社が札幌市郊外に鎮座している。正之公は徳川二代将軍秀忠の側室の子にして、四代将軍家綱の輔佐役(大政参与)、異母兄である三代将軍家光から松平姓と葵紋の使用を認められていた名君である。明治初年より多くの旧会津藩士たちが士族移民として北海道開拓に尽力している。

もともと御式内(合気の原典)の宗師家は会津藩主が代々これを継承しており、大東流も合気道も同じ伝承系譜から輩出されたものである。

日本古来の精神の武術「大和心の武道」ともいえる大東流は偉大なる無形文化財と言っても過言ではない。

かつて会津藩の所領であった福島県は明治維新による戊辰戦争の屈辱に加え、平成23年3月11日に発生した東日本大震災の苦難に見舞われている。福島県民の皆さんには、このような大いなる無形文化財を育んだことに誇りを持っていただきたい。

この未曽有の大震災により人々の絆を強めている昨今において、大東流と合気道の斯界もこれを機に各流会派の独自性と特色を尊重しつつ、それぞれが謙虚になり和合の道を見出して互いの絆を強めるべきではないだろうか。

会津で代々培ってきた大東流合気の花、その花を武田惣角は北海道に根付かせた。日本全国さらに世界へとその花の種は蒔かれ「大和心の武道」の花となって咲き始めている。それぞれが手を取り合い強い絆のもと、日本の素晴らしいこの文化遺産を世界に向けて発信していきたい。

(敬称略)

 

世界とつながり絆を強めよう!

平成24年(2012年)3月11日

 

 

 

第八回會津鶴ヶ城古武道祭で演武致しました

第八回會津鶴ヶ城古武道祭での演武

第八回會津鶴ヶ城古武道祭での演武

平成25年9月22日(日)会津鶴ケ城本丸特設ステージで大東流無傳塾も演武致しました。

保科正之公御鎮座 国指定史跡土津神社

保科正之公御鎮座
国指定史跡土津(ハニツ)神社

保科正之公は大東流合気柔術を御式内(殿中護身武術)と定め会津藩の御留技とした日本国の名君といわれた方です。

演武の動画

動画撮影:İlkay İtkü

イルカイさんがビデオを撮影してくれていたので、彼の承諾を受けて無傳塾ウェブサイトにも掲載させてもらいました。

2019年 謹賀新年 

 

 

 

2019年 元旦

いい氣 いい出会い いい仲間づくり

Good energy  Good enccounters Good relationships

合氣護身術大東流無傳塾

塾長・最高師範 飯田 宏雄